日本の戯曲研修セミナーin 大阪2021田中千禾夫を読む『幸運の葉書ー別の名「女豚S」ー 』《オンライン版》報告
田中千禾夫を読む『幸運の葉書ー別の名「女豚S」ー 』
「緊急事態宣言」延長下の大阪で、「日本の戯曲研修セミナーin大阪2021《オンライン版》」が、2021年9月16日(木)~19日(日)の4日間にわたって行われた。昨年までと異なり、対面ではなく、Zoomのウェビナー機能を使った、完全オンラインでの実施である。企画と各日の司会進行は山口浩章が担当した。
今回のテーマは「田中千禾夫を読む」とし、彼の作品『幸運の葉書─別の名「女豚S」─』を、5人の若手演出者(パネラー)が研究するという形をとった。パネラーは、2人のゲスト研究者から 2 日間のレクチャーを受け、ディスカッションを行う。そして最終日に、それぞれの演出プランを発表するのである。パネラーは、たみお、酒井信古、下野佑樹、神田真直、蜂巣もも。
1日目は、『幸運の葉書─別の名「女豚S」─』のリーディングと、パネラーたちの自己紹介が行われた。リーディングの出演者は、オンラインの条件を生かして、大阪だけでなく他都府県から参加した。パネラーに心理バイアスを与えないよう、演出はとくに行われていない。
2日目は福岡女学院大学専任講師の須川渡氏によるレクチャーで、田中千禾夫という劇作家の作品傾向の変遷と、後進に与えた影響を示した。田中が戦前から戦後の長い期間にわたって活動を続け、田中は処女作『おふくろ』で劇文体において高い完成度を示したこともあってか、常に新しい表現に挑戦し、変化を続けた劇作家であることが語られた。特にスタイルにおける試みは「劇作派」らしいテアトルなものから、非演劇的なものに向かってゆく。『幸運の葉書』はその過渡期にあたるという指摘がされた。この後の『マリアの首』『8段』といった作品で、大きく変わってゆく。パネラーからの質疑では、岸田國士が方言の使用を奨励した理由、「女性憎悪劇」の意図、幸運の葉書の意味、古代太陽神イヨテーにからむ信仰やエロスの問題が問われた。
3日目は中央大学特任教授の林廣親氏により、この作品を細かく読み解くレクチャーが行われた。当時の劇評等を引用して、「わからないが、おもしろい」「統一感を欠く」作品と受け止められていたようだが、田中作品には特に終幕部に「飛躍」が現れることに大きな理由があり、それは新しいリアルとしての表現と受け止めるべきだと述べられた。この芝居を4つの場面ととらえ、「プロットメモ」により展開されるレクチャーは、説得力があり、パネラーに影響を与えた。その後の質疑では、翌日のプレゼンを前提に、この芝居を舞台化するための具体的な話題、場面をどうつないで統一感を出すか、鳴子が女たちを打ち倒す意味は、幸運の葉書の役割は等が話題になった。また田中の女性観について、パートナーである田中澄江との関係も話題となった。
4日目は5人のパネラーがそれぞれの演出プランを発表し、その後全員でディスカッションを行った。金が支配する社会の中で、経済の枠に囚われた人々の行動とし、天の神から紙幣が降ってくる演出。宇宙的視点から、過去の記録を再現する神話的構造を持った作品として描く演出。母性と「女」を使って男性をコントロールしている女性と、現実から目を背けている男性という構図を「異化効果」によって観客に突きつける演出。3つの景を人間の三大欲(睡眠欲・食欲・性欲)、幸運の葉書を一方的な思いの押しつけとして、人間が抑制できない欲望に溺れてゆく姿を描く演出。そして太陽(愛)に対立する人間の闇、その影の中で男女が対立項として置かれており、それを太陽神が上から見ているという演出。それぞれに演出者の「傾向」が現れていた。共通して、舞台の上にヌードが出る事への違和感があったようだ。階層を示す積み上げ舞台や、各場面の壁をぶち破ってゆくまわり舞台、操られる人間たちが動き回るダンスフロア、泥を持ち込みその中で人間をうごめかせるなど、イメージ豊かな装置プランも示された。その後にファシリテーターの川口典成氏を交えて、活発なディスカッションが行われた。幸運の葉書を一方的な思いの押しつけととらえ、SNSの書き込みへの言及もあった。
若い演出家たちが、ほぼ初めて「田中千禾夫」という劇作家を知り、その作品に深く触れて強い関心を持ったこと、これまで演出家が集まって芝居の話をする機会がなかったので、このセミナーに参加してとても楽しかったという感想は、彼らの今後に生きてくるだろう。
Zoomへの参加者は30名(協会員8名)であった。コロナ禍で、チラシをまく方法がとれず、SNSや口コミに頼ったが、PRのこれからの仕方を、考えていかなければならない。
報告者:神澤和明
(日本の戯曲研修セミナー in 大阪2021担当実行委員
/ 関西ブロック)
日本の戯曲研修セミナー in 大阪2021
田中千禾夫を読む『幸運の葉書ー別の名「女豚S」ー 』