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河東けいさん 追悼文「昭和の最後の女優 」

劇団大阪 堀江ひろゆき

 七月十七日、河東けいが亡くなった。九八歳。昭和を代表する最後の女優であった。

 河東の活動に変化が見えたのは、文化庁の在外研修でアイルランドを訪問してからと思う。
 「ロンドンでの公演は、ほとんどアイルランドの劇作家の作品だった」と大変刺激を受けたようだ。七四歳。
 二〇〇〇年に日本演出者協会関西支部が関西ブロックとなる再出発に当たって、帰国した河東のアイルランド紀行を語ってもらった。イギリスの圧政から独立を勝ち取る大きな歴史の流れの中で文芸復興を目指した、シングやイェイツ、グレゴリー夫人等劇作家たちが 起こした演劇運動は一五〇年経た今日もアイルランド演劇として脈々と続いている。その発祥の地に直に触れる中で河東の中で何かが起ったと伺える。
 二〇〇三年、アメリカのイラク侵攻に抗議して各地で起った演劇行動を機に、反戦をテーマにした朗読劇を毎年上演していこうと〈大阪女優の会〉を設立、河東が会長に選ばれ二〇年に及ぶ熱い夏を演じてきた。その間二〇〇名近い女優が参加し、演出として棚瀬美幸、菊川徳之助、キタモトマサヤ、内藤裕敬 岩崎正裕、樋口ミユ等多くの演劇人が協力してくれた。
 昨年の二〇周年公演では体調を崩して参加できなかったが、金子順子を中心に女優たちが支えて映像で参加した。凄まじい執念である。 まさに生涯現役であった。
 河東はライフワークとして、小林多喜二の生涯を母セキの語りでたどる一人芝居『母』を演じてきた。 二〇〇六年八〇歳、演出者協会関西ブロックが深く関ってきたアジア演劇祭の関係で、上海話劇芸術センターの招きと、海外演劇交流で招いた北京中央戯劇学院の張先主任教授の招待、と二箇所で『母』上演を試みた。 八〇歳の女優の一人芝居が評判を呼び両方とも大盛況に終えることができた。
 二〇一二年八六歳。日本演出者協会の日韓演劇フェスティバルin大阪を開催、韓国の演出家李潤澤を招いて太田省吾の『小町風伝』を上演。以前ワークショップの際、潤澤から河東を主人公にした舞台を造りたいと依頼があり実現した。ハ六歳の河東は年齢を感じさせない程の存在観で見る者を圧倒、潤澤の演出は太田省吾の死を意識した静の舞台と違って生を意識した動の舞台を造り出し、七四〇名の観客に支えられ大盛況に終えることができた。
 その結果、韓国密陽国際演劇祭での公演が決まり、四〇度を越える真夏の公演が実現した。高齢の河東の為に万全を期し、両袖には氷水を用意する中での舞台は六〇〇名の観客に迎えられた。
 一九五七年に関西を代表する関西芸術座の創立に参加して以来、七〇年近く関西を代表する女優として存在し続けたのは河東の演劇への執念が実ったといえる。
 一人芝居『母』は九〇歳を超えても演じ続けられ、昭和を代表する最後の女優河東けいは生涯現役を全うした。

二〇二四年十月二十三日

《 河東けい 》略 歴

                 1977年公演『奇蹟の人』
2022年5月4日のピッコロシアター中ホール公演『母』(神戸芝居カーニバル写真提供)

「大阪女優の会」について

2003年3月20日にアメリカによるイラク攻撃が始まりました。平和を願う演劇人としてこれに反対し、同時にわが国で進められた「有事法制」にも反対の意思を示した東京に呼応して、関西でも、演劇人による集会が4月12日に開催されました。これを機に、毎年戦争を風化させない為の創造活動をしようと、関西芸術座の河東けい、劇団きづがわの赤松比洋子(故人)、劇団大阪の堀江ひろゆきらが中心となって、他へ呼びかけました。
 その年の夏、第1回 “あきらめない、夏 ”「大阪女優の会」として8月16日、地人会の上演台本『この子たちの夏』を棚瀬美幸演出で上演。20代から80代、新劇、小劇場の女優たち、時には男優も交えて、毎年、夏に公演を続けてきました。「演劇は非戦の力」、演劇の命は言葉です。言葉の対極に暴力があります。「あらゆる暴力に反対し、平和を願う」演劇人の集まりです。
 このような活動に対し、平成28年度 大阪文化祭賞奨励賞を受賞しました。
 大阪女優の会の、この“あきらめない、夏”は今年で20回目を迎えます。
 私たち女優の会は、劇団、所属団体、プロ、アマチュアの枠を超えた創造交流の場です。公演活動の中で、先輩や仲間から多くを学び、演劇人としての資質を高め、表現者としての力を向上させたいと願っております。
 伝統的な新劇と若い小劇場の交流が力強く進み、その輪は年々大きくなっています。

大阪女優の会 声明

 1924年築地小劇場設立によって日本の近代演劇は始まり100周年を迎えました。それは検閲と弾圧の歴史であり、滝沢修は島崎藤村の『夜明け前』で「もうすぐ夜明けだよ」という最後の台詞が革命思想だとして検挙されました。今「新たな戦前」とよばれ、戦前の足音があからさまに聞こえるようになりました。2003年、米国のイラク侵攻に反対して発足した大阪女優の会は20周年を迎えました。数多くの演劇人、多くの観客の皆様に支えられ“あきらめない、世界を”演じてきました。演劇は言葉を大切にします。その対極にある最大の暴力である戦争に反対して、女性であり、母親である女優の会の存在が益々求められています。

2023年10月 堀江ひろゆき(2023年公演チラシより)

2023年度の作品『かの女はゆっくりとその雑誌をひらいた』内容

ここ数年、大阪女優の会では毎月勉強会を開いていました。リモートであったり、直接集まったり、状況に合わせて何とかお互いに言葉を交わす機会をもうけて、社会の事、平和、歴史について改めて勉強をしています。平和を願う演劇人として反戦を訴えて来た大阪女優の会ですが、世界の動向にもっと目を向け、個々が紛争の背景にある問題を理解し、それを踏まえた上で裏付けを持って訴えて行くべきだと考えました。

 昨年の公演後、有志が集まり勉強会を重ねた結果、第20回目となる今年は“夏”ではなく冬に開催することになりました。今回は、女性誌にみる戦争プロパガンダ、戦争がつくる女性像と現代につながる男性優位の社会構造についての考察を綴った朗読劇を上演します。
 中で扱う題材は、昭和19年12月号の「主婦之友」の記事を中心に、国民精神の作興を目的に利用された「ラジオ体操」、隣組制度、愛国婦人会、戦時中の標語、戦火のレシピ、伊丹万作氏「戦争責任者の問題」(抜粋)、茨木のり子さん、高良留美子さんの詩、戦争体験者の話などを大阪女優の会メンバーで話し合い、構成、演出します。途中、出演者による座談会を挟むなど実験的な作品です。
 戦争へ向かう「空気」の存在について読み解きながら、過去、そして現代から未来を見つめ作品を通して平和を訴えます。

 さらに、大阪女優の会発起人の一人である、河東けいが映像出演を致します。戦争体験者の一人でもあり、戦時中は軍国少女として生き、疎開や空襲を体験し、戦後は演劇を通して非戦を強く訴え続けています。同時代に生きた茨木のり子さんの詩を二編朗読いたします。どうぞご期待ください。

< 公演概要 >

大阪

―― 出 演 ――

井上清美(劇団せすん)
金子順子(コズミックシアター)
佐々木淳子(劇団●太陽族)
佐藤榮子(劇団息吹)
嶋まゆみ
田中敏子(劇団MAKE UP GELL)
月檸真麻
皷美佳(劇団MAKE UP GELL)
長澤邦恵(tsujitsumaぷろでゅ~す)
なかたさゆり(劇団大阪)
服部桃子
バン・ギョンミ
三品佳代(劇団MAKE UP GELL、カラ/フル)
山内佳子(劇団大阪)
山本つづみ

映像出演 河東けい(関西芸術座)

―― スタッフ ――
構成・演出/大阪女優の会

アドバイザー/樋口ミユ
舞台監督/佐野泰広(CQ)
照明/染川充成
音響/大西博樹
映像/サカイヒロト
映像オペレーター/花澤結奈
宣伝美術/松本ユウコ

製作/堀江ひろゆき 大阪女優の会

《 大阪女優の会 上演実績 》
第一回 『この子たちの夏』
構成/木村光一 演出/棚瀬美幸(南船北馬一団)
日時:2003年8月16日(土)
会場:谷町劇場 
第二回 『広島第二県女二年西組』
作/関千枝子 構成/岩田直二 演出/東口次登(人形劇団クラルテ)
日時:2004年8月7日(土)・8日(日)
会場:スタジオ315
第三回 『明日』
原作/井上光晴 脚色/小松幹生 演出/堀江ひろゆき(劇団大阪)
日時:2005年8月13日(土)・14日(日)
会場:谷町劇場
第四回 茨木のり子の世界から『りゅうりぇんれんの物語』
原作/茨木のり子 構成・演出/芳﨑 洋子(糾~あざない~)
日時:2006年8月12日(土)・13日(日)
会場:ドーンセンター 視聴覚室
第五回『ハテルマ・ハテルマ』
作・構成/栗原省 構成・演出/菊川徳之助(創造集団アノニム)
日時:2007年8月10日(金)~12日(日)
会場:谷町劇場
第六回『夕凪の街 桜の国』
原作/こうの史代 構成・演出/キタモトマサヤ(遊劇体)
日時:2008年8月8日(金)~10日(日)
会場:谷町劇場
第七回『夕凪の街 桜の国』
原作/こうの史代 構成・演出/キタモトマサヤ(遊劇体)
日時:2009年8月7日(金)~9日(日)
会場:京都 東山青少年活動センター
日時:2009年8月15日(土)・16日(日)
会場:そごう劇場
第八回『女優の会 遠くの戦争~日本のお母さんへ~』
作/篠原久美子
岡真理(『The Message from Gaza~ガザ 希望のメッセージ~』より一部引用)
パタンナー/樋口ミユ(劇団Ugly duckling) 演出/池田祐佳理(劇団Ugly duckling)
日時:2010年8月6日(金)~8日(日)
会場:LIVE CaFe道頓堀ZAZA
第九回『朗読劇 戦争童話集』
作/野坂昭如 構成・演出/山口茜(トリコ・Aプロデュース)
日時:2011年8月4日(木)~6日(土)
会場:ドーンセンター パフォーマンススペース
第十回『核・ひばく・人間』
構成台本/非戦を選ぶ演劇人の会 構成・演出/岩崎正裕(劇団太陽族)
日時:2012年8月16日(木)~18日(土)
会場:ドーンセンター パフォーマンススペース
第十一回『核~いま、私たちが立っている場所~』
作/石原 燃(燈座) 演出/岩崎正裕(劇団太陽族)
日時:2013年8月9日(金)~11日(日)
会場:ドーンセンター パフォーマンススペース
第十二回『ヒロシマ』
作/関千枝子 構成/岩田直二(『広島第二県女二年西組』より)
作/井上ひさし(『少年口伝隊』より)
構成・演出/内藤裕敬(南河内万歳一座)
日時:2014年8月15日(金)~17日(日)
会場:ドーンセンター パフォーマンススペース
第十三回『かさをささない人』~現在が「戦前である」という仮説を検証するための朗読劇~
構成・演出/空ノ驛舎(空の驛舎)
日時:2015年7月31日(金)~8月2日(日)
会場:ドーンセンター パフォーマンススペース
番外公演『歳月を織る』
構成・演出/大阪女優の会
日時:2016 年 2 月 21 日(日)
会場:ドーンセンター パフォーマンススペース
第十四回『あたしの話と、裸足のあたし』
構成・演出/樋口ミユ(Plant M)
日時:2016年7月29日(金)~31日(日)
会場:ドーンセンター パフォーマンススペース
第十五回『あきらめない、世界を』~不寛容社会からの脱却~
脚本:伊地知克介 岩崎正裕 小原延之
構成・演出:岩崎正裕(劇団太陽族)
日時:2017年9月8日(金)~10日(日)
会場:ドーンセンター パフォーマンススペース
公演期間中に、ドーンセンターロビーにて15周年記念展示
第十六回『テキスト 闇教育』
脚本:くるみざわしん(光の領地)
演出:増田雄(モンゴルズシアターカンパニー)
日時:2018年7月27日(金)~29日(日)
会場:ドーンセンター パフォーマンススペース
番外公演『テキスト 闇教育』
脚本/くるみざわしん(光の領地)
演出/増田雄(モンゴルズシアターカンパニー)
日時:2019 年 4 月 27 日(土)
会場:ローズ WAM ホール(茨木市)
日時:2019 年 5 月 25 日(土)
会場:堺市立東文化会館メインホール
日時:6 月 8 日(土)
会場:ライティホール(東大阪市)
日時:11 月 30 日(土)
会場:白山市市民交流センター5F 大会議室(石川県)
第十七回『あの日のこと~「朝、目覚めると、戦争が始まっていました」
「空が、赤く、焼けて」より~』

構成・演出:棚瀬美幸(南船北馬)
原作:『朝、目覚めると、戦争が始まっていました』(解説:武田砂鉄、方丈社)、
『空が、赤く、焼けて―原爆で死にゆく子たちとの8日間―』(著:奥田貞子、小学館)
日時:2019年8月9日(金)~11日(日)
会場:ドーンセンター パフォーマンススペース
第十八回 リモートリーディング公演『ペスト』
原作:アルベール・カミュ
翻案・構成・演出:小原延之
配信期間:2020年12月1日(火)~2021年1月31日(日)
配信会場:仮想劇場ウイングフィールド
第十九回 『もういい だまっているのはいい』
構成・演出:大阪女優の会
アドバイザー:樋口ミユ
日時:2022年8月18日(木)~21日(日)
配信会場:未来ワークスタジオ
第二十回 『かの女はゆっくりとその雑誌をひらいた』
構成・演出:大阪女優の会
アドバイザー:樋口ミユ
日時:2023年 12月22日(金) ~24日(日)
会場:ドーンセンター パフォーマンススペース

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