『地域で活躍する演出家』シリーズ:
須川弥香
演出家たち
【プロフィール】
須川 弥香(すがわ みか)
俳優、演出、脚本、企画制作
おででこ主宰、芦見谷芸術の森代表
舞台芸術学院 夜間、ミュージカル科に学ぶ。20代後半からの4年間、伊藤正次演劇研究所に学ぶ。
30代の10年間、日本舞踊 藤間紫乃弥氏に師事。俳優として舞台、映画、CMなどに出演。
《出演歴、演出歴》おででこ公式サイト
2010年、磯見美麦之から「演劇をきっぱり諦めたいので、最後の一人芝居を小泉八雲で演出して欲しい」と依頼されたことがきっかけで、演劇実験ユニットおででこ(現おででこ)が始動する。
小泉八雲、古事記、太宰治など、小説や論文を原作にしたフィジカルな作風の上演を行うほか、岸田國士の短編戯曲と小説や評論をコラージュして創作した『岸田國士小品選』『あ・ら・かると岸田國士』『岸田國士の思案』を3年連続で上演。
2016年、2017年、2022年~2024年、岸田理生アバンギャルドフェスティバル参加。2018年から2023年まで毎年、芦見谷芸術の森フェスティバルを開催(2020年はコロナ禍で中止)。次回の芦見谷芸術の森フェスティバルは2025年5月24日(土)。
そろそろ、フェスに参加する立場で、各地のフェスに行きたい思いが募るこの頃である。
京都出身です。18歳で東京に出てから演劇を始めて、2017年に再び京都に戻るまでの30年超は、東京を拠点に活動していました。主に俳優として出演したり、京都出身を見込まれて方言指導をしたり、アルバイトしたりしてました。演出するようになったのは、2010年に「おででこ」を結成してからです。
現在は京都市右京区京北の「芦見谷芸術の森」でキャンプ場を運営しています。京都駅からJRバスで70分乗車、最寄りバス停「細野口」で下車してから5km。隣家までは2km離れた山奥です。
ここは携帯の電波は無く、ライフラインも無く、有るのは特別天然記念物オオサンショウウオが棲む清流と、野外ステージと、誰でも弾ける森のピアノ。ダンスや音楽や演劇や舞踏など、ジャンルを超えた舞台芸術祭を年に1回程度行い、蛍の時期には蛍ナイトピアノコンサート。自然が豊かで小さな生き物が一杯いて、毎週末ここを訪れてくれるキャンパーがいます。”暗闇と静けさと不便を味わう贅沢”なキャンプ場です。
芦見谷のこと
元々この場所は、不動産業だった父が事業の一環で取得しました。しかし、電気水道などのライフラインが入らずに、事業としては大失敗。5000坪の無価値な土地が残り、父は転売したかったのですがそれも実らず、「もう自分が楽しむわ!」と、2004年に山小屋だけは大工さんに建ててもらい、テラスやエントランススロープなど小屋回りは自分でこつこつD・I・Y。沢から水も引き、屋根にソーラーパネルを付けて自家発電。五右衛門風呂を薪で沸かす。還暦過ぎの両親の、D・I・Y山奥生活が始まりました。
価値観の逆転
当時東京在住で、芦見谷には無関心だった私の、意識が変わる出来事が3つありました。
その1、2009年春に父に癌が見つかったこと。ステージ4で、リンパに転移もしていました。山奥D・I・Y生活は元気だからこそで、ましてや母一人になったらここをどうするのか? 急に現実問題となります。
その2、2009年9月のアラスカ旅行。サマーシーズンのアラスカには、大自然体験をしたい人が沢山来ていて、大地と自然を資本としたフィールドビジネスが成りたっていました。そして、厳しい自然の中で”働く女性たち”が沢山いて、フィッシングガイドや国立公園のレンジャーの女性が逞しくてカッコ良くて、日本で求められる「女子力」とは真逆です。
その3、2011年3.11大震災と原発事故。放射能はDNAを傷つけ、それを恐れて女性は産むことをやめ、生まれてくるはずだった未来の命が失われて……
地震大国日本で原発は無理だと、社会全体が”我に返った”はずだったのに、電気が無いと原始時代に戻りますよと、急速な巻き返しにあっさり傾いていく日本人。
唸りたいほどの憤りから創作したのが、あの頃よく耳にした「原発の安全神話」と「日本の古事記神話」と「少子化」の三つを絡めた『僕らの神話―2012年に読む古事記』。
東京と、瀬戸内海の女木島で上演しました。
安全神話がくずれた以上、電気の無い芦見谷は、未来への希望の地なのではないか?
芦見谷で何ができるのかと真剣に考え始めました。2013年頃、芦見谷に野外ステージを作るアイデアを父に話し、父も面白がって賛成してくれました。
野外ステージD・I・Y
2015年8月、野外ステージ作り開始。初回は真夏の1週間。東京から演劇仲間が入れかわり立ちかわり、総勢17名で、斜面の草刈り、地ならし、根太用の杉の丸太の皮をはぎ、ノミでジョイントの溝を掘る。コンクリートを練って基礎を固める、紐を張って水平を取ってと、全て人力です。父が現場監督で、母がまかないリーダーで、みんなで額に汗して働きました。
ステージ作りの詳細は芦見谷芸術の森ブログに記録しています。
https://odedeko-kyoto.blogo.jp/archives/cat_1264248.html
2016年8月、祝ステージ完成 こけら落とし公演を実施しました。
3人の女優による一人芝居が3本と、おででこはアクティブ朗読を上演。
URARA 『The Mysterious DEATH』(不思議な死神・死とはかくも奇妙なもの)
本庄由佳 『蛙の消滅』
鈴木陽代 『駈込み訴え』
おででこ 『読む小泉八雲』 出演:須川實洽、荒木俊雅、本庄由佳 、須川弥香
翌2017年は岸田理生アバンギャルドフェスティバル拡大版「リオフェスin Kyoto」、2018年からは「芦見谷芸術の森フェスティバル」を、コロナ禍の2020年は中止するも、2023年まで毎年継続。2024年は休止し、次回は2025年5月24日(土)。プログラムは、2016年以来の、演劇のみです。おででこは、ここ京都京北に伝わる昔話を原作に創作します。
キャンプ場について
2017年からキャンプ場整備に取り掛かり、2018年GWから一般利用が開始されますが、最初は全くお客さんが来ませんでした。投資ばかりが先行して回収が出来ない、経済的には非常に厳しい頃で、父に「お前どうするつもりなんや!」と罵倒されました。心配してたんですね。
父は2018年10月3日の自分の誕生日に亡くなりますが、あと半年頑張って欲しかったなと。翌年のGWには満室になったキャンプ場で、子供たちのはしゃいだ声が響いてましたから、それを見せてあげたかったなと思います。
場所にはルーツがあって、父が取得する前は、お寺が所有していたそうで、修行僧のような人が念仏を唱えて歩いていたと聞きます。今たまたま管理している私は、この場所を大きく作り変えずに、既にある魅力とここでしか出来ないことをもっと発見したいと思っています。
きれいな清流の川上にいる者は、ちょっと利用させてもらっても、なるべくきれいなまま下流におくる。
いま豊かな地球に生きてる者は、ちょっと利用させてもらっても、なるべく豊かなまま未来におくる。
そんなことを、考えてます。