全国で演劇祭を立ち上げよう
演劇と現代
演劇祭とは何か。
歴史的には古代ギリシャに遡りますが、ギリシャ神話に登場する豊穣とぶどう酒と酩酊の神であるディオニュソスに捧げる祭典が演劇祭のはじまりとする説があります。アジアやアフリカにもそのような類の演劇祭がありますが、ヨーロッパではアヴィニヨン、エディンバラ、アデレードなどの演劇祭が活況を呈しています。
それでは日本の演劇祭はと思いを巡らせても、日本の演劇を代表するような、これはというものが出てきません。むしろ芸術祭賞などの芸術祭のイメージが浮かんで来ますが、ヨーロッパのように古来から現代まで継続して開催される大規模な演劇祭はありません。
近年では昭和時代の終わりから平成の初め頃に演劇祭ブームが起きて、池袋演劇祭や下北沢演劇祭など現在も継続されている演劇祭が誕生しました。30年以上前のことです。
ところが最近演劇祭がぽつぽつ増えて来ています。それは何故なのか。今回はこの現象に注目してみたいと思います。
50年前、大学の一般教養科目授業の受講生100人位の教室で「演劇を劇場で観たことがある人は手を挙げてください」と尋ねたことがあります。するとほぼ全員が手を挙げました。演劇専門の大学ではなく、一般の大学でのことです。30年前、同じ質問をすると、半数以上100人中60人が手を挙げました。
ところが、今から5年前、コロナ前になりますが、一般の大学で同じ質問に対して手を挙げた大学生は、約100人中1人でした。もちろんたまたま1人だったのかもしれませんが、この質問は多年に亘って行ってきましたので、減少傾向にはかなりリアリティがあります。演劇を観たことがある大学生がたった1パーセント! 本当に驚きの結果でした。
これは何を意味しているのでしょうか。演劇が社会からマニアックなものだと認定されたということでしょうか。実はこれを裏付ける数字が「観客」の減少です。「演劇鑑賞団体」の減少です。「学校公演」の減少です。さらに「劇団養成所の入所希望者」の減少なども加速しています。
このように演劇にかかわる何から何までが縮小していく厳しい状況です。この状況に対して、日本の演劇界は何をすれば良いのでしょうか。何をしてきたのでしょうか。
ヒントとなる事例があります。
1993年、プロ野球に観客動員激減の危機が起きました。サッカーのJリーグ誕生です。
それまでサッカーにはプロ組織がなく、アマチュア組織のサッカーに革命的なJリーグが誕生し、日本のスポーツ界に激震が走りました。それまでプロ野球は多くの観客を集めていましたが、この年を境にJリーグが多くの観客を動員するようになりました。特にJリーグサッカーは、ヨ―ロッパ諸国のようにチームを応援するサポーターシステムをつくり、それが人気に火をつけました。
一方、プロ野球は観戦するその日に、応援するチームの応援席に座って応援する従来のスタイルでした。
こうしてJリーグは、日本では初めてとなるサポーターシステムにより、地域に密着した運営を行い、応援団というよりも「支援」する大勢の人々を組織して、動員も名声も着実に伸ばしていきました。
一方、プロ野球界はこの観客減少対策として、各地でスター選手も参加する野球教室を開催し、少年野球チームを立ち上げて、将来の野球人やファンを育成していきました。(因みにこの対策は現在のプロ野球界の人気に大きく貢献しています。)
さて、芸能の一種である演劇は人気稼業の特色が濃く、昔から個人単位で応援するスタイルが定着していて、団体としても個人が集まるファンクラブ止まりでした。しかし、現在演劇界が縮小する窮状では、一刻も早くこの個人応援スタイルを見直し、地域が支援する仕組みを構築する必要があるのではないでしょうか。
この二つのプロスポーツから学べることは、地域に密着し地域から支援を受けることが演劇のとるべき選択肢です。といっても助成金のことではありません。マンパワーです。支援したいと思ってくれる演劇のサポーターを育成することです。今までのように劇場にファンを集めればそれで公演の成功ではなく、サポーターが長期的に支援していく仕組みが必要です。
演劇と地域を結ぶ、これまでの演劇の歴史から連想されるのは演劇祭です。演劇祭は地域が開催し演劇団体が参加するのが基本ですが演劇の舞台だけではありません。祭りとしての様々なイベントや企画がありますが、その中でもサポーター育成のプログラムが重要です。演劇祭によって、演劇団体と地域を結び、さらにサポーターを育成するのが、これから注目すべき有望な対策ではないでしょうか。
世界の演劇祭からノウハウを学び、日本の各地で演劇祭を開催しませんか 。
日本演出者協会 広報部 篠﨑光正