国際演劇交流セミナー2022 オーストラリア特集 報告
1.企画概要
オーストラリア特集は、「優れた戯曲との出合い」による学びを目標として実施しました。
「優れた戯曲」とは、〈社会と深く関わる〉戯曲、〈共有したい〉戯曲です。
オンラインのみによるセミナーとして、西シドニーと芸能花伝舎をつなぎ、
9月16日、17日、18日の3日間で開催しました。
研修戯曲は、スリランカの血をひくシャクティダランの『カウンティング&クラッキング』としました。この戯曲を選んだ理由は、多民族共生という課題においての演劇、民主主義のための演劇を、世代を超えて考えるセミナーとしたいという思いからです。3年に渡るコロナ禍の中で、私たちの国の実態、問題点が明確になりつつあります。その一つとして、日本では難民認定率が低く、まさにこの戯曲を選ぶきっかけとなった、スリランカのウィシュマ・サンダマリさんが亡くなられた事件があげられます。現在も継続している大きな出来事です。
『カウンティング&クラッキング』は、まさに移民や難民を扱う戯曲で、2019年にシドニーフェスティバルで初演され、大きな話題となり、アデレードフェスティバルにおいても反響が大きく、その年の多くの演劇賞を獲得した作品です。6カ国16人の俳優と3人の演奏家による、3幕16場で3時間を超える舞台です。約50の人物が登場する大作です。オンラインでのセミナーですので、当初は3時間のリーディングは容易ではないと考えましたが、実行委員と出演者の希望が強く少しのカットで、ほぼ全体のリーディングを行いました。
物語は、スリランカの内戦から逃れ、生まれてくる子どもを守るためにオーストラリアのシドニーで仕事をしている両親のもとに1986年に移住したラーダと、シドニーで生まれた20歳の息子シダータの2004年現在を描くところから始まります。20年の時が流れ、ラーダの両親は共に亡くなり、スリランカの記憶を無くそうとするその時に、内戦で殺されたと伝えられていた夫ティルーが生きていることが判明します。停戦中とはいえ、今も続く内戦に息子シダータが巻き込まれることを恐れラーダはティルーからの電話を切ってしまいます。
これが1幕で、2幕よりラーダが誕生した1956年のスリランカのタミルとシンハラの対立による内戦の激化、またカースト制度では身分の低いティルーとの出会いによる恋愛と葛藤が描かれていきます。2004年の出来事が並行して描かれ、最後はティルーが難民としてオーストラリアに到着し、難民収容所で家族と再会するところで終わる壮大な物語です。
2.事業経過
2021年夏に国際部内に提案し、オーストラリア特集の推進が承認され、理事会にも提出され決定となりました。2022年3月までに戯曲全体の翻訳を佐和田敬司氏に依頼し、4月の助成確定後に作者に正式に依頼しました。リーディング出演者は6月に公募を行い、90名近い応募者から書類やワークショップによる選考を行い、15名を選びました。
演出は、当初予定した南慎介氏が辞退されたので、和田喜夫が山口県からオンラインで担当しました。東京での稽古の演出助手とセミナーの司会進行を、実行委員の菅田華絵さんを中心に公家義徳さん、森田あやさんが協力して継続することになりました。最終的には13名の方が参加を表明してくださり、この13名でリーディングを行うことを決定しました。
次の段階として、翻訳の監修及び課題としたネイティブチェックをお願いし、また上演台本のための作業として、まずト書きの部分を分かりやすく脚色する作業を行いました。8月末に、13名の俳優の皆さんの了解を得て、オンラインによるキャスティングのための読み合わせを2チームに分けて2日間行い、50人近い登場人物のキャスティングを決めました。
稽古は9月7日、8日、9日、10日を中野スタジオあくとれで行い、13日より芸能花伝舎で、14日、15日と行い、セミナー当日を迎える形でした。作者と通訳者と俳優の打ち合わせのために9月5日にオンラインの試しの時間を設定したことが相互理解のために役立ったように思います。稽古初日の9月7日に演出担当の和田がキャスティングのプランを発表し、俳優の皆さんの了解を得て、読み合わせを始め、台本の質疑応答も行いました。
稽古2日目より、ステージドリーディング(Staged Reading)のための稽古を始めました。パイプ椅子4脚のみを置き、公園のベンチ、部屋のソファなどに見立てる形で1幕1場より行いました。登退場や位置に関して演出が基本の提案をし、出演者との意見交換を行って進める方法です。今回の戯曲に対するリスペクトと愛情が共有されていたことで、俳優同士の意見交換、助言などが理想的な形で行われたことは特筆しておきたいと思います。
3.セミナーの報告
9月13日より実行委員及び補佐が芸能花伝舎で機材の仕込みを行い、リハーサルを行い、セミナーを迎えました。初日の16日は、翻訳された佐和田敬司さんの解説、シャクティダランさんのレクチャー、質疑応答を行いました。解説とレクチャーによって、『カウンティング&クラッキング』がなぜオーストラリアで大きな話題となったのか、その理由を明確に全員で共有できたように思います。
3日間のセミナーに関しては、ぜひ年鑑を読んで頂ければと思います。多民族国家のオーストラリアにおける社会的少数者であるアジア系のコミュニティーを勇気づけ、共にルーツを考える神聖な場を作り出したこの作品から学ぶことは大きく有ったように思います。現在の日本の演劇は共有性を失っているように感じます。3年に渡るコロナ禍で演劇も多くの障壁にぶつかっていますが、この戯曲と上演方法から学んだことを多くの人と共有し、語り合うことができれば、次の可能性を見出すことができるのでは考えています。
報告者:和田喜夫
(国際演劇交流セミナー2022 オーストラリア特集 実行委員)